猫さんの背中を見送り、私は「またね」と声をかけた。彼は一度だけ振り返り、それ
からなにも言わずに窓の外へとすり抜けていった。
今度こそ慎重に、ミルクの入った皿を流し台へと押していると、後ろからひょいと伸
ばされた手が、その皿を掴んだ。
「ただいま。今日は入らなくて良いの?」
あまりに真剣になっていたので、クリスが帰ってきたのも気づいていなかった。
「……おかえり」
クリスは雨に濡れた髪を片手で拭きながら、その皿を眺めている。
「お……お肌がすべすべに、なるんだから」
苦し紛れにそう言うと、クリスは笑いながら、私の頬に触れた。
「今でも充分、きれいだけどね」
大きな指の感触が、数々の記憶を蘇らせる。
クリスの指が、肌に、髪に触れたときの、胸がどきどきするような思い出。
かすかに触れあった唇の柔らかさ。思わず目を開けたとき、吐息が感じられる距離に
あった、彼の顔。
思わず、顔が赤くなる。
「な、何言ってるのよぅ!?」
「肌が……だよ」
くすくすと笑いながら、クリスは指を離した。それがほんの少し名残惜しくて、私は
思わず手を伸ばしかけた。
わずかにあがったその手を下ろし、そっぽを向いて、話題を変えるように早口でしゃ
べりかける。
「あ、あのさ……この辺りで、※猫の特徴、毛の色、瞳の色※な猫の話って、聞いたこ
とない?」
「……猫?」
クリスは考え込むように視線をさまよわせ、それから首を横に振った。
「いや、ないけど……猫がどうかしたの?」
「えっと……その、迷い猫……っていうのかな? 前に、この近くで迷子になってたり
しないかなって」
クリスは手にした皿に視線を戻し、微笑んだ。
「ああ……そういうことね」
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